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  1163 年パリ・シテ島の東側で、教皇アレクサンドル3世臨席のもと、当時の司教モリス・ド・シュリーの監修により親石が置かれ、新しい大聖堂の建築が始まりました。当時の最新の技術を駆使した「ゴシック様式」で設計され、その巨大さゆえに全ての建物の完成まで100年以上の年月が費やされることになるこの大聖堂は、聖母マリアに捧げられ、ノートル・ダム(仏:私たちの貴婦人=聖母マリア)大聖堂と呼ばれます。

  ゴシック様式(ゴシックとは当時の名称ではなく、ルネサンス時代のイタリア人よる Gotico ゴート族=野蛮なという侮蔑する意味) は、技術革新により可能となった高く軽やかな天井や薄い壁、そしてその壁の半分以上をも占める美しいステンドグラスなどが特徴です。このステンドグラスを通して注ぎ込まれる豊かな光によって、「私は世の光」というキリストの言葉を具現化しようとしたのです。そしてステンドグラスには美しい模様だけでなく、たくさんの聖書の物語なども描かれました。このようなガラスを通して降り注ぐ様々な色と光は、聖堂内の人々を今まで見たこともない美しさと神秘性で満たしたことでしょう。

  新しい大聖堂を中心にして、その後パリは文化の中心となり、教会の付属学校が始まりともいわれるパリ大学には、最新の思想、理論、技術を学ぶためにたくさんの学生が集まりました。その中のひとりである13世紀後半の英国人留学生が、ちょうど大聖堂が建築されている時代に活躍した優れた2人の音楽家、“optimus organista - 最高のオルガヌム作曲家” レオナンと “optimus discantor - 最高のディスカントゥス作曲者” ペロタンの名とその音楽を自身の著書に記しています。

  このレオナンとペロタンを中心に繰り広げられた音楽活動は後にノートル・ダム楽派と呼ばれ、オルガヌム、コンドゥクトゥス、そしてモテトゥスという形式を代表とする新しい多声音楽のスタイルが打ち立てられました。 神への賛美グレゴリオ聖歌の上に、第二声部、さらに第三声部を積み上げ、さらにそれぞれの音の倍音(ピタゴラスのいうところの天空のハルモニア)が醸し出すそれらの響きは、 天への憧れのごとく、大聖堂の高い天井へと行き渡ったでしょう。またモーダルリズムという短・長の音の組み合わせによる新しいリズム組織は、教会内外の壁や柱を華麗に装飾する連続したレリーフが意味するものと同様に、神の国の永遠の持続を意味しているのかもしれません。

  このような壮大なパリのノートル・ダム大聖堂において歌われた音楽は、天空の音楽として人々の視覚、聴覚などの感覚をも満たし、大聖堂はあたかも地上の神の国を思わせるかのような空間となったのでのしょう。

  今回のプログラムでは ‘Terribilis est locus iste’ と題し、教会「聖なる神の家-エクレシア」の献堂の祝日のための典礼音楽を、パリのノートルダム大聖堂や同時代にフランスで書かれたグレゴリオ聖歌、多声音楽の写本から取り上げ、演奏いたします。 

                             

                               夏山 美加恵 

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